江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-02-01

老中よりときに権力を持った役職とは?

江戸幕府の日々の政治の運営には、幕府の閣僚(幕閣)があたっていた。
幕閣のうち、現在の大臣にあたるのが老中である。老中は、城持ち譜代大名から4~6名が選ばれ、大目付や町奉行、遠国奉行などを指揮監督し、政務全般を担当していた。日常業務は毎月一人の老中が担当し、重大な問題については合議していた。
1680年(延宝8年)には、老中の中に勝手掛老中を一人置き、老中の筆頭として政治を行うようになる。「老中首座」とも呼ばれ、現在の内閣総理大臣のような存在だった。
リーダーシップを取る責任者が必要になると、老中の上の大老が置かれることもあった。江戸時代を通じて、延べ十名の大老が置かれている。
老中を補佐していたのが「若年寄」である。譜代大名から3~5名が選ばれ、老中や側用人(そばようにん)に出世するための登竜門だった。側用人は、将軍に仕え、将軍と老中の間の伝達係が主な仕事だった。ところがつねに将軍の側にいるぶん、ときには将軍の権威をバックに老中以上の力を持つ者も現れた。五代綱吉のときの柳沢吉保、十代家継のときの田沼意次などが、その代表だ。
奥右筆(祐筆)は、政務に関する文書を作成するのが役目。書類の内容について意見を求められることもあり、広い見識を必要とした。また人事考査の資料も作成したので、ただの書記ではなく、かなり強い権限を持っていた。
ほかには、町方の行政と司法を担当する町奉行、幕府財政を運営する勘定奉行、寺社を管理する寺社奉行、大奥の取り締まりや将軍留守中の江戸城警備の責任者である留守居(るすい)、旗本による軍事部隊で江戸城や大坂城、二条城の警備にあたる大番組の長である大番頭(おおばんがしら)、大名や高家の動向を監視する大目付などの役職があった。
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