江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-02-02

「生類憐みの令」が23年間も続いたわけは?

生類憐みの令はご存知のように、五代綱吉の時代に出された一種の”動物愛護令”。綱吉が戌年生まれだったところから、とくにイヌが保護されたが、対象はネコやトリ、ウマ、ウシ魚類、貝類にまでおよんだ。
当初は、「殺生をつつしめ」という程度の精神的な内容だった。しかし、違反者が多かったため、御犬毛付張制度(おいぬけつけちょう)を設けてイヌを登録制にし、犬目付職を設置してイヌへの虐待を取り締まるようになる。さらにいは、イヌの虐待を密告した者に賞金を出すようになり、しだいにエスカレートしていった。
また、魚や鳥類を食べることを禁止し、イヌネコに芸を覚えさせて見世物にすることも禁止される。やがて、四谷や中野の住民を強制的に立ち退かせ、野良犬を保護するための広大な犬小屋が建てられた。そこでは、年間のエサ代が10万両(約80億円)近くもかかったという。
さらに、鳩に石を投げた役人が処分されたかと思えば、病気のウマを捨てた農民が神津島へ流罪となった。鳥が巣を作った木を切った村民が捕まったこともあった。
まさに「天下の悪法」だったのだが、こんな法令が23年間もつづいたのは、専制君主タイプの綱吉が、側近にイエスマンばかりをそろえたことが大きな原因だった。要するに、幕閣たちは綱吉の顔色をみるばかりで、誰もこの悪法をやめようとは言い出せなかったのである。
また、処刑されたのは、下級武士や村民たちであり、身分の高い旗本や大名には関心の薄い法律でもあった。そんなことから、綱吉が死ぬまで、歴史上一、二を争う愚法がダラダラと続いてしまったのだ。
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tag : 歴史 江戸時代 雑学

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