江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-02-11

鬼平が勤めていた「火付け盗賊改」とはどんな仕事?

江戸時代、鬼平こと長谷川平蔵が勤めていたのは、火付盗賊改(ひつけとうぞくあらため)という役職だった。略して。火盗改(かとうあらため)といわれる最強の捜査機関だった。
火付盗賊改の仕事は、江戸とその近郊を回って、盗賊と放火犯を専門に捕らえることだ。一時は博打犯まで捕らえていたが、博打については江戸町奉行の仕事になり、盗賊と放火犯の捕縛専門機関に戻った。
火付盗賊改には、与力10騎、同心50人がついて、彼らが捜査を行い犯人を追い詰めた。火付盗賊改には町奉行のような建物はなく、トップの自宅がそのまま役宅になっていた。
火付盗賊改が創設されたのは、盗みのスタイルが変化したからだ。町に火を放ち、町中を混乱に陥れたうえで盗みを働く輩が現れたのだ。
さらには、江戸と近郊をまたにかけ、広域で盗みを働く集団も現れた。江戸町奉行は、江戸内の町人の犯罪にしか手を出せないし、目付は江戸の武士のみを管轄する。江戸近郊は勘定奉行の所轄で、町奉行らは江戸の外に犯人を追うことはできなかったのだ。
つまり、江戸で盗みを犯した者が江戸の外にでてしまうと、捕まえられなかったのだ。そこで、広域窃盗と火付け犯を専門に取り締まる捜査機関が創設されたというわけだ。
火付盗賊改は、江戸市中のみならず、江戸近郊でも捜査できる権限を与えられ、犯人がどこに逃げようが、追いかけていけた。加えて、犯人が凶暴で無傷で捕らえるのが難しければ、斬り捨てる権限もみとめられていた。
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tag : 歴史 江戸時代 雑学

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