江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-02-17

首切り浅右衛門の役得とは?

江戸の首切り役といえば、山田浅右衛門の名がよく知られる。この山田浅右衛門、一人の人物ではなく、初代山田浅右衛門貞武にはじまり、八代浅右衛門吉亮までつづく。
この山田浅右衛門の家系、初代の本来の務めは、将軍家の御佩刀御試御用役(ごはいとうおためしごようやく)だった。彼は、据物(すえもの)試し斬りの達人といわれ、その高度な技術と賄賂によって、将軍家の刀の切れ味を試す役割を手に入れた。
初代が試し斬りに使っていたのは、処刑後の死体である。処刑場の近くに試し場があり、土の台の上に死体が乗せられていた。その死体相手に、将軍家御佩刀の切れ味を試したのである。つまり、初代浅右衛門は、首ではなく、胴体の部分を斬って、刀の切れ味を見ていたことになる。
浅右衛門には、将軍家だけではなく、大名や旗本も、手に入れた刀の試し切りを依頼していた。そこから得られる礼金の相場は100両、最高額は200両だったという。浅右衛門が賄賂を使ってでも、公儀御用の試し斬り役を手に入れた理由は、ここにある。
その浅右衛門の腕前が、犯罪者の首斬り担当者に見込まれた。当時、首斬りは町同心の務めであったが、彼らの腕では一撃で首を落とせないことがよくあり、押さえつけて無理に引き切ることが多かった。そこで、浅右衛門に首斬りの代役を頼むようになったのだ。
こうなると、浅右衛門は胴体ではなく、首斬りによって試し斬りができるようになる。大名から試し斬りを請け負った場合には、預かった刀で実際に首を落として、その切れ味を試したのである。
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