江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-02-18

江戸町奉行が担当していた仕事とは?

大岡越前や遠山の金さんは、いずれも江戸の町奉行を務めた人物。テレビ時代劇では、大岡越前や金さんが毎週、名裁きをしてみせるが、彼らは単なる裁判官ではなかった。
町奉行は、裁きをすると同時に行政官のトップであり、江戸の行政から司法、警察を一手に握る大権力者だったのである。
実際、大岡越前守忠相には、「物価引下げに関する意見書」を将軍・吉宗に提出し、物価安定を図った実績がある。大岡によって江戸の物流システムは合理化され、今の日本の流通の基盤がつくられたのだ。さらに大岡は、吉宗の命を受けて町火消しをつくり、江戸の消防システムを強化している。
町奉行は、行政にも力を注ぎながら、裁きも担当するから、一日のスケジュールは、現在の都知事や警視総監よりも、はるかにハードだった。
朝は5時ごろ起き出し、早くも6時には奉行所に出勤、前日の残務処理をこなす。午前10時には登城し、芙蓉の間に詰める。老中に呼ばれて会談することもあった。
午後2時に奉行所に戻ると、さまざまな案件が待ち構えている。経済、民生上の問題もあれば、民事、刑事の訴訟事もあった。訴訟だけでも年間300~400件は裁かなければならなかった。
江戸町奉行は、北町奉行南町奉行に分かれ、一ヶ月交代で業務を行った。非番の一ヶ月も休めるわけではなく、前月に受け付けた案件の処理に追われた。
そんな激務をこなさなければならないポストなので、町奉行には有能な旗本が選ばれた。500~3000石取りの旗本で、勘定奉行や遠国奉行を務め、その実績を買われた者だ。幕府のもっとも優秀な官僚がついたポストといってもいい。
それでも、激務に耐えかねて心身を消耗させ、在職中に亡くなった町奉行も少なくないのである。
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