江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-02-22

医者にかかるにはどのくらいのお金がひつようだった?

現在、日本の診療費は、問診いくら、○○の検査いくら、△△の注射いくらというように細かく定められている。診療費は、それらを合計して算出され、実際には結構な額になっていても、健康保険のおかげで、風邪や腹痛程度なら患者負担は少なくてすむ。
しかし、健康保険に加入していなかったり、健康保険対象外の治療を受けると、高額の診療費を支払わなければならない。
江戸時代には、もちろん健康保険制度はなかった。そればかりか、診察料という考え方すらなかった。医者は慈悲をほどこすという考えが基本で、本来、無償であたるのが当然とされていた。しかし、完全なボランティアでは、医者の暮らしが成り立たない。そこで、患者の懐具合に応じて、医者に謝礼を渡すようになった。その謝礼は「薬礼」と呼ばれた。
ところが、時代が下ると、その薬礼にも相場が生まれてくる。当時、医者になる試験はなく、看板を掲げていれば誰でもなれたが、大別すると、幕府の御典医、諸藩の藩医、町医者の三種類があった。なかでも、もっとも薬礼の高かったのが、幕府の御典医である。
往診を頼むと、薬箱持ちに弁当持ちから、草履取り、乗り物をかつぐ者たちまで付いてきた。診察料に加え、それらのお付の者の日当まで、”患者負担”になったのである。風邪をこじらせた程度でも、現在の金銭で数十万円はしはらわなければならなかった。
では、町医者の薬礼が安かったといえば、そうでもない。よほどの慈悲の心をもつ医者でもなければ、一般に薬礼が安い医者ほど、腕は落ちるというのが常識だった。
そこそこ信頼のおける町医者にかかれば、一度の診察につき2万~4万円は必要だった。往診を頼むと、それに駕籠代が加算された。
そのため、医者にかかれるたのは、裕福な武家か商家だけ。裏長屋に住むような庶民にとって、医者はいないも同然だった。
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