江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-02-23

日本で始めての”国立病院”ってどんなところ?

『雨月物語』で有名な上田秋成は、その書を出版する前の1771(明和8年)、38歳のとき、火事で焼き出された。生活に困った彼は、一時期、医者に”転職”したことがある。
江戸時代には、医者の国家試験も免許もなく、誰でも開業できた。修行といっても、医者に弟子入りし、見よう見まねで覚えるだけである。上田秋成も二年ほど修行したのち、開業。しかし、疱瘡(ほうそう)の子供を治せなくて、親に恨まれ、夜逃げしたといわれる。
江戸時代の医者には、幕府の御典医、各藩のお抱え藩医、それに町医者があった。人数的には町医者がもっとも、多かったがひと言に医者といっても業態はさまざま。さらに、腕もさまざまで、名医から藪医者までそろっていた。しかし、どの医者にかかっても、診察代や薬代はべらぼうに高く、庶民には縁遠い存在だった。
そんな医療体制のなかで特筆すべきは、1722年(享保7年)に小石川養生所が設置されたこと。町医者の目安箱投書がきっかけで設けられ、当初は常勤の医師が2名、その他に夜間救急医1名、非常勤の医師が2名が勤務した。”国立病院”としては、なんとも頼りなかったが、極貧の病人を対象として、診察料は無料だった。
その後、常勤の医師が5名になったものの、予算が少ないことから、苦しい運営が続き、最終的には幕府の医師派遣を中止し、町医者を雇うようになった。それでも、庶民にとっては頼れる病院として明治初期まで存在しつづけた。
江戸時代の医療体制は、決して満足できるものではなかったが、洋の東西を見ても、当時の医療体制は、どの国もその程度だった。
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tag : 歴史 江戸時代 雑学

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