江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-02-25

江戸時代の庶民の借金事情とは?

江戸時代庶民は急にお金が入り用なときは、質屋を利用した。
質屋の歴史は古く、そのルーツは奈良時代からあるとみられるが、急速に増えたのは、貨幣経済が庶民生活まで浸透した江戸時代からである。1723年(享保8年)、江戸に質屋組合ができたときには、江戸だけで2731軒もあった。
質草は何でもよかった。質屋の看板は、将棋の駒をもじったものが多く、これは「歩でも金になる」とシャレたもの。借りれる相場は、たとえば青梅縞の羽織一枚で金2分3朱、木綿立縞袷羽織(あわせばおり)一枚が金1分3朱程度で、預かり期間は三ヶ月だった。
江戸時代の貨幣価値が現代の何円に当たるかは、年代によっても異なるので難しいが、一般的には、金1両が6万円から10万円程度とされている。金1両を8万円として計算する、金2分3朱は5~6万円、金1分3朱は3万円ぐらいになる。
利息も時代によって異なり、享保のころで1両(約8万円)につき、一ヶ月銀1匁6分(約2200円)、100文(2000円)につき(80円)となっていた。天保年間になると利息が下り、1両で一ヶ月800円、100文で20円ほどだった。
質屋を利用するのは、もっぱら庶民だったが、大名を相手の金貸しもたくさんいた。大名に金を貸すのは豪商で、大名と呼ばれる者で借金のない者はいなかったといわれる。
一万石以下の旗本や御家人に金を貸したのは、浅草蔵前の札差である。札差は、旗本、御家人の代理として、禄高に応じた米を受け取り、委託販売する業者。利息は一ヶ月で1%ほどだった。
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