江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-03-04

取り潰された藩の武士はどうやって生活費を稼いだ?

江戸時代武士は自分の藩が安泰であれば、藩から家禄をもらって、なんとか生活できた。彼らの運命が狂うのは、自藩が改易となったときである。いわば会社の倒産であり、武士として失業したことになる。浪人となれば、もはや家禄はもらえない。
だからといって、武士をしての再就職は容易なことではなかった。しかたなく、失業した武士たちは武士以外の仕事、つまりは農業や商人に”転職”して生計をたてようとした。
とりわけ農民になる者が多かったという。江戸初期に新田開発が盛んだったのも、改易された大名家が多く、その家臣らが農民になったため。労働力に余裕があったのだ。
また、武士時代に身につけた学芸を生かす浪人もいて、彼らは、寺子屋で読み書きを教えたり、道場で剣術を教えた。高度な教養をもつ者は、儒学者や兵学者となった。
一方、学も芸もない武士が町で生きていく場合は、傘張りや楊枝削り、花札や凧の絵描きなどの内職仕事で収入を得た。盆栽や植木の手入れに出向く者もいた。
ほかに『太平記』の講釈師になったり、幇間や(ほうかん)や芝居役者になる者もいた。日雇いの仕事をもらう者もいれば、武家の用人に雇われる者もいた。なかにはグレて、博徒の用心棒になる浪人もいた。
もちろん、浪人にも一発逆転があった。五代将軍・綱吉の側用人だった柳沢吉保の祖先は、三代将軍・家光の弟である忠長に仕えていた。その忠長が改易にあい、浪人の身となったところを、上州館林家にいた綱吉に拾われ、そこから新たな人生が開けたのだ。また、新井白石も一時は浪人で、在野の儒学者となっていた。これまた、その才能を認められ、幕府に再就職したのだった。
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