江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


--------

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2008-03-05

参勤交代が一年おきになったのはなぜ?

江戸時代、大名にとってもっとも大きな仕事といえば、やはり参勤交代である。この参勤交代、1635年(寛永12年)、「武家諸法度」によって正式に制度化される前から存在した。江戸初期には、毎年、参勤交代が行われ、しかも徳川将軍の呼び出しがあれば、いつでも江戸に向かわなければならなかった。
その参勤交代が、寛永年間(1624~1643年)あたりから、一年おきになった。当初、幕府は、大名たちに頻繁な参勤交代を求めていたのに、江戸一年・領国一年の隔年交代に制度を緩めたのは、参勤交代の”効き目”が強すぎたからである。
幕府にとって、参勤交代の目的は、とにかく大名の力を弱めることだった。参勤交代するには、道中の宿代、江戸屋敷での食住や管理費などに 莫大な経費がかかる。そのコスト負担によって、大名の力が弱まれば、徳川幕府はますます安泰というわけだ。
しかし、その効き目は幕府の想像を超えていた。頻繁な参勤交代は、なんと藩財政の5~8割を食い潰し、たった二十数年続けただけで諸藩の財政はガタガタになってしまったのだ。
あまりに費用がかかるため、領国へ帰る許可が出ても、江戸滞在を願い出る大名がいたほどだ。往復するよりは、江戸にずっといたほうがマシというわけである。
さすがの幕府も、そのままでは大名の力が弱まりすぎて、かえって治安が悪くなると考えた。
そこで参勤交代を隔年に緩め、大名の財政負担を和らげたのである。「武家諸法度」では、引率する家臣を減らすことも書かれているが、これも大名の負担を軽くするための配慮だった。
スポンサーサイト

theme : 雑学・情報
genre : 学問・文化・芸術

tag : 歴史 江戸時代 雑学 武士

comment

管理者にだけメッセージを送る

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
プロフィール

ジャンキー将軍

Author:ジャンキー将軍
江戸時代の知りたかった「謎」と「疑問」を解説します。

最近の記事
記事検索フォーム
カテゴリー
月別アーカイブ
リンク
ブログランキング

FC2Blog Ranking

最近のコメント
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
FC2カウンター
Pick Up
amazon
焼肉通販・ホルモン通販
すき焼き・しゃぶしゃぶ肉通販
スパイカメラ・カモフラージュカメラ通販
コルクマット・ジョイントマット通販
美容ローラー 針美人(しんびじん)

ヤーマン サーミコン式脱毛器
no!no!hair Smart(ノーノーヘア スマート)
エバンジェリスト BBクリーム
フリーエリア
フリーエリア
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。