江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-03-08

ゾウに「官位」が与えられた理由とは?

”暴れん坊将軍”こと八代吉宗の時代の1729年(享保14年)5月、江戸の町は大騒ぎになった。ゾウが到着したからである。
もちろん江戸っ子がゾウを見るのは初めて。ゾウは、見物人が殺到するなかを悠々と歩き、浜御殿(現在の浜離宮恩賜公園)に収容されたという。
その後、江戸の町では、ゾウの書き物や錦絵、関連グッズなどが販売され、江戸中がゾウブームに沸き返った。
このゾウには、なんと「従四位」という官位まで贈られていた。当時の中御門(なかみかど)天皇が、ゾウをひと目見たかったからである。
このゾウは、吉宗の注文によって、ベトナムから船で運ばれ、まず長崎に到着する。二頭のうち、メスのほうはすぐに死んでしまったが、オスは元気に陸路江戸を目指した。
その途中には、天皇のいる京も通過する。ゾウをひと目見たいと思った中御門天皇が、ゾウを宮中へ招き入れるため、官位を与えたのである。従四位といえば、城持ち大名に匹敵する地位だった。
ゾウが朝廷へ参内したのは同年4月28日のこと、ベトナム人のゾウ使いに率いられ、中御門天皇と霊元法皇の前に姿を見せた。正面を向いて立ち止まると、うやうやしく前足を折り曲げ、最敬礼したと伝えられる。
江戸に到着すると、今度は江戸城内で吉宗に謁見し、大広間の前庭で芸を披露した。その後、10年以上にわたって浜御殿で飼育された後、中野村(現在の中野区)の農民、源助に引き取られた。源助は見物料を徴収する象小屋をはじめたが、管理が悪かったため、ゾウは来日から13年後の1742年(寛保2年)に病死したという。
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theme : 雑学・情報
genre : 学問・文化・芸術

tag : 歴史 江戸時代 雑学

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江戸時代の象

はじめまして。
この話面白いですよね。

丁度、この話を調べている人に出会いました。まだまだ分からないことだらけですが、長崎?から江戸に向かう象が、愛知県清須市、当時の清須宿を通過しているようなんです。

その当時のありさまを調べているんですが、まだ道半ばのようです。

そこで、初めてで、厚かましいお願いで恐縮ですが、もう少し他の情報があればと思います。

つきましては、参考になるようなものがありましたら教えて頂けませんでしょうか。

また、私のHPにも地域の歴史として掲載したいと思っています。

以上、大変失礼致しました。

江戸時代の象

はじめまして。

象のその後のことはわかりますが、運ばれてきた途中のことは残念ながら私にはわかりません。

お役に立てなくて申し訳ありません。
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ジャンキー将軍

Author:ジャンキー将軍
江戸時代の知りたかった「謎」と「疑問」を解説します。

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