江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-03-21

世界三大大火「明暦の大火」の被害とは?

火事とケンカは”江戸の華”というが、江戸時代の数多くの火事のなかでも、もっとも大きな被害を出したのは、明暦の大火である。
1657年(明暦3年)1月18日の午後、火の手が上がったのは、本妙寺(現在の本郷4丁目にあった)の境内だった。その日は朝から強い北西風が吹き、供養のため燃やした振り袖が、折からの強風にあおられて舞い上がり、それが火元となって、たちまち燃え広がった・・・・・と伝えられている。そこから、別名「振り袖火事」とも呼ばれている。
この時期、江戸では、前年の11月から80日間も雨が降らず、空気がカラカラに乾燥していた。しかも、当時の家屋は木と紙でできたいたうえ、とにかく密集していた。強風にあおられた炎は、たちまち本郷から湯島、駿河台、神田へと燃え広がった。
さらに、その火事が終息しかかったとき、今度は小石川の大番衆与力の宿舎から出火。それがおさまりかけたと思ったら、麹町の一般家屋からも火が出て、消防活動はまったく追いつかなくなった。それらの火が飛び火しながら燃え広がり、江戸市中は二日間に渡って燃えつづけた。ついには江戸城にも飛び火して、天守閣が焼け落ちている。
この火事によって、外堀以内のほぼ全域が焼失。大名屋敷や古くからの市街地を焼き尽くし、死者は資料によって数字は違うが、3~10万人にもおよんだ。江戸城の天守閣は、これ以降、再建されることはなかった。
この火災は、戦争や震災を除くと日本最大のもので、ロンドン大火(1666年)、ローマ大火(64年)と並ぶ世界三大火災のも数えられている。
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theme : 雑学・情報
genre : 学問・文化・芸術

tag : 歴史 江戸時代 雑学

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大火の焼け跡

はじめまして。江戸時代、スキです。
これからもブログがんばってください。

皇居の東御苑に遊びに行ったとき、
天守閣跡が小高い丘になっていて、
かなり遠くまで見渡せて、地形的に珍しい場所でした。
石組みに黒い焼け跡のようなものが
残っていました。明暦の大火かな~
なんて思いました。
築城後、たった数年で焼け落ちてしまった
んですね。もったいない。
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江戸時代の知りたかった「謎」と「疑問」を解説します。

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