江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-03-25

日本各地の商品はどうやって江戸に運ばれた?

現在、夜中に高速道路を走ると、大型トラックの車列にうずもれる。今では工業製品、農産物、魚介類、日常品などの運搬をトラックに頼っているが、江戸時代の輸送の中心は水運だった。
日本は、周囲を生みに囲まれ、天然の良港に恵まれた国。古くから海を利用した海運が発達してきた。
紀伊国屋文左衛門が、紀州や駿河からみかんや木材を江戸へ運び、巨万の富を築いたのも水運を利用したからだし、京都や大坂でにしんや昆布、鮭が大量に消費されたのも、北海道から松前船が運んできたからだった。
江戸時代、北海道へ渡り、松前を拠点に商業活動したのは近江商人たちである。彼らは、北海道で獲れた海産物を松前船によって大坂へと運んだ。
そのルートは、松前から日本海を下り、若狭湾の敦賀(福井県の港湾都市)から琵琶湖、淀川を経て京都や大坂へと至るコースと、日本海からグルッと長州を回り、瀬戸内海を経て大坂に至るコースの二つがあった。
また、海以外の水運ルートも利用されていた。たとえば、江戸と川越(現在の埼玉県川越市)は舟で結ばれていた。江戸初期、家康を祀った川越東照宮が焼失した際、再建資材を江戸から運んだことで、江戸と川越を結ぶ水運が開通。当初は、川越周辺の年貢米を江戸へ運び、帰りの畑作用の肥灰や糠を積むようになった。
その後、川越は物資の集散地に発展し、各地の炭やサツマイモなどの産物が集まるようになった。そして、それらの産物を船で江戸へと運んだのである。帰りは江戸から日用品や飼料などが川越へ到着し、その後、各地へ陸運で運ばれた。
江戸時代には、このような水運を利用した輸送が全国で行われ、川越のように商品の集荷場となった都市が発展していった。
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