江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-04-10

寺子屋にも遠足はあったの?

江戸時代の寺子屋は、町民、農民、商人らの子どもが通った民間教育機関。要するに、塾である。
寺子屋の師匠を務めたのは、僧侶がもっとも多く、ほかに浪人、医者、書家らが、自宅の一室を開放し、20~30人の子らを教えていた。幕末には、江戸だけで1500もの寺子屋があって、読み書き、そろばんなどを教えていた。
寺子屋では、現代の学校と同じように、春と秋には遠足に出かけていた。行き先は、春は花見、秋は天神参りである。
江戸時代、花見はすでに春の風物詩になっていた。ただし、大人の花見は、三味線の鳴るアダルトな世界であり、子ども向きではなかった。
そこで寺子屋の師匠たちは、もっぱら上野の山に子どもを連れて出かけた。当時の上野は、将軍家の菩提寺の寛永寺との関係から、歌舞音曲が禁止されていたので、子ども向けにちょうどよかったのだ。
遠足の一行の様子は、今の修学旅行を思わせる。先頭を歩く男の子が寺子屋名を書いた旗を掲げ、これに男の子、女の子の順に続いた。師匠は最後尾を歩き、遅れたり迷ったりする子のないようにチェックした。子どもたちは上野につくと、弁当を広げ、午後4時ごろまで花の下で遊び回った。
秋の天神参りは、学問の神である天神様に詣でるのだから、やや学問色が強くなる。天神に着くと、硯で墨をすり、文字を書いて奉納した。さらに日ごろのお礼として、寺子屋で集めたいくばくかの金銭を奉納した。
これにはお返しがあって、神社側は子どもたちにお菓子をふるまった。お菓子をもらえるところから、秋の遠足も大人気だったようである。
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theme : 雑学・情報
genre : 学問・文化・芸術

tag : 歴史 雑学

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