江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-05-03

大名行列はどんな順番で並んでいたか?

大名行列は、江戸と領国を往復する大名とその家来の行列。その人数は、幕府によって細かく決められていた。たとえば、1721年(享保6年)には、20万石以上の大名は385人以上450人以下、10万石以上の大名なら230人程度と定められていた。それだけの人数が街道を歩くのだから、当然大行列になる。
大名行列では「下にぃ、下にぃ」の先払いの声がよく知られるが、これは大名の家臣の仕事ではなかった。街道の宿で雇った宿人足の仕事であり、宿場付近でのみ、「下にぃ、下にぃ」と声をあげた。宿場から離れたら、彼らはいなくなったのである。
この「下にぃ」の宿人足からおよそ100メートル遅れて、大名行列がやって来る。行列の前には掃除人がいて、箒で道を掃き清めていく。そのすぐあとを歩き、案内役を務めるのが本陣宿の亭主で、そのあとにつづくのが大名行列の本体だ。
大名行列の順番は、まず人が馬をひく御先牽馬、提灯を持った御提灯、鉄砲を持った御持筒、弓を持った御持弓などとつづく。槍を持った御持槍は行列の花形で、片手で槍を持ち、もう片手は腰に当てて、肘を張ってみせた。江戸入りや国入りのときには槍を投げ合って見せることもあった。
このあと、有力藩の場合には、金紋先箱を持つものがつづいた。これは金箔の家紋のついた挟箱で、中には殿様の着替えなどが入っている。金紋先箱は、20の大名にしか許されていなかった。
そのあと御歩者がつづき、御歩者のあとに来るのが、殿様を乗せた駕籠である。さらに金紋後箱の者、御茶弁当の箱を持つ者、沓籠を担ぐ者、御小人頭、若党、殿様の乗馬らがいて、医師を乗せた駕籠がつづく。
大名行列は朝4時に宿を出立し、平均で40キロも歩き、夕方6時には次の宿に着いた。ものものしい大行列が、急ぎ足で移動していたことになる。
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theme : 雑学・情報
genre : 学問・文化・芸術

tag : 歴史 江戸時代 雑学 大名

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やっと・・

検索から探していたブログに漸く出会えました。

印に足跡を残していきす。ペタッ

ありがとう

はじめまして、ゆいかさん。

また、遊びに来てやってくださいね。

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江戸時代の知りたかった「謎」と「疑問」を解説します。

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