江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-05-13

幕末の有名人が通った、江戸の三大道場とは?

江戸には時代を通じて剣術を教える道場が多数あったが、とりわけ幕末期に大いに流行した。通ったのは、江戸の武士に加えて、地方の雄藩から出てきた武士たちである。彼らは、道場で剣術を習いながら、親睦を深めていく。その人の縁が、幕末の志士たちを育て、幕末維新の動乱にも影響を与えたといわれる。
幕末の江戸の三大道場というと、玄武館と練兵館、士学館が挙げられ、「位は桃井(士学館)、技は千葉(玄武館)、力は斉藤(練兵館)」といわれていた。
神田お玉が池の玄武館は、北辰一刀流の千葉周作がその名を高め、3000人の門弟を集めていた。千葉周作が水戸藩の剣術師範役を務めていたことから、水戸藩系の武士が多かったのが特徴だ。
浪士組(のちの新撰組)を組織した清河八郎や、桜田門外の変で当時の大老・井伊直弼を討った有村次佐衛門も、この道場の出身であり、水戸の人だ。維新の志士として名高い土佐の坂本龍馬は、千葉周作の弟・貞吉の開いた桶町の小千葉道場に通っていた。
麹町三番町の練兵館は、神道無念流の斉藤弥九朗が開き、長州藩邸が近いこともあって、長州藩士でにぎわっていた。
のちの木戸孝允である桂小五郎は塾頭まで務め、高杉晋作も門弟だった。また薩摩からは、西郷隆盛の右腕の一人となる篠原国幹、土佐からは、のちの西南戦争で西郷軍を熊本城で食い止めた谷干城が通っていた。
京橋蜊河岸にある士学館は桃井春蔵が率い、土佐藩邸に近かったことから、土佐系の門人が多かった。のちに土佐勤皇派の首領となる武市半平太や、人斬り以蔵と恐れられた岡田以蔵らが通っていた。
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