江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


--------

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2008-06-09

東海道に「四谷」はないのに、なぜ『東海道四谷怪談』?

歌舞伎狂言の『東海道四谷怪談』といえば、1825年(文政8年)、江戸中村座で初演された四世鶴屋南北の代表作。「四谷怪談」を下敷きにして「忠臣蔵」の世界をパロディにしたものだが、よく考えてみると、このタイトルには大きな謎がある。
四谷怪談の舞台は、今の新宿区の四谷界隈である。その四谷は甲州街道沿いにあって、東海道沿いではないのだ。それなのに、タイトルは「東海道四谷」というのは奇妙な話である。さらに『東海道四谷怪談』の舞台は、新宿区の四谷でなく、雑司が谷四谷町、今の豊島区高田となっている。雑司が谷の四谷が選ばれたのは、神田川沿いを舞台にしたかったためとみられる。当時、不倫の男女を戸板に釘付けにして神田川に流した事件があり、鶴屋南北はそれを話に組み込むため、神田川に近い場所を舞台にしたのだろう。
しかし、それはなんとか理解できても、「東海道四谷」とした理由は、はっきりしない。まず、東海道にも、今の神奈川県藤沢市に「四谷辻」という場所はあったのだが、『東海道四谷怪談』には江戸の他の地名も登場する。藤沢市を舞台にした話とはとても思えない。
しかし、新宿区の四谷を「東海道」としてもおかしくはないという説もある。この「東海道」は「とうかいどう」ではなかったというのだ。事実、『東海道四谷怪談』は初演の絵本番付では「あづまかいどうよつやかいだん」と読まれている。
当時、京都から見て江戸は「あづま」と呼ばれていた。そう考えれば、「あづま」の街道なら、東海道でも甲州街道でもいい。甲州街道の四谷も「あづまかいどう(東海道)」に入るという説だ。
また、地名に忠実に「江戸四谷怪談」としたのでは、幕府を刺激しかねないので、ひねりを入れて「東海道」としたという説もある。江戸で起きた事件に「江戸」のタイトルを入れると、ストレートすぎるので、当局の目をそらすため、『東海道四谷怪談』にしたというわけだ。
ほかにも諸説があるが、今なお定説はなく、真相は鶴屋南北のみ知るところだ。
スポンサーサイト

theme : 雑学・情報
genre : 学問・文化・芸術

tag : 歴史 江戸時代 雑学

comment

管理者にだけメッセージを送る

プロフィール

ジャンキー将軍

Author:ジャンキー将軍
江戸時代の知りたかった「謎」と「疑問」を解説します。

最近の記事
記事検索フォーム
カテゴリー
月別アーカイブ
リンク
ブログランキング

FC2Blog Ranking

最近のコメント
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
FC2カウンター
Pick Up
amazon
焼肉通販・ホルモン通販
すき焼き・しゃぶしゃぶ肉通販
スパイカメラ・カモフラージュカメラ通販
コルクマット・ジョイントマット通販
美容ローラー 針美人(しんびじん)

ヤーマン サーミコン式脱毛器
no!no!hair Smart(ノーノーヘア スマート)
エバンジェリスト BBクリーム
フリーエリア
フリーエリア
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。