江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


--------

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2008-06-27

一大イベントだった?徳川将軍の「夜の生活」

徳川将軍には、「御台所」と呼ばれる正妻がいた。しかし、正妻一人では、跡継ぎの男の子が生まれるかどうかは不安である。また将軍も、「これは」と思う女性と一夜をともにしてみたい。そこで、正妻のほかに、十数人の側室を置いた。
将軍が「よし、今夜がんばるぞ」と思えば、夕方までに、そばに仕えるお小姓にお相手をする女性の名を告げる。すると、お小姓が大奥の連絡係である「御坊主」に連絡。彼女が、指名された女性の名前を「御年寄」に伝えた。
指名された女性は、さっそく体を清めたり、髪を整えるなどの準備をはじめ、将軍が訪れる一時間前には寝所へ入る。そこで御年寄が中心となって、指名女性の身体検査をする。凶器や怪しげな文書を隠し持っていないかなどを調べるため、髪までほどいたという。やっと将軍が来ても、すぐにはコトにはおよばない。お茶が出て、御年寄、御坊主も交えてひとしきりの雑談。やがて、布団が敷かれ、ようやく将軍と指名女性が布団のなかに入る。
ところが、指名女性の反対側には、将軍に背を向けて、別の女官が寝ている。さらに、御坊主もそのまま部屋に残っている。また、隣の間では、御年寄と残りの女官が聞き耳をたてていた。これが大奥独特の規則で、彼女たちは将軍のほうを見てはいけないが、眠ってもいけない。床入りした女性が、睦言で不正を働きかけないように、一部始終を聞いていなければならなかったのだ。そして、翌日、耳にしたことをありのまま報告する義務もあった。
といっても、その報告は「将軍さまったら、スゴイんです。お手を背後から・・・・・」なんてことではなく、「お上におかれましては、はじめ御気鬱であられましたが、やがて御機嫌も晴れ・・・・・・」というように、格調高く行われていた。
スポンサーサイト

theme : 雑学・情報
genre : 学問・文化・芸術

tag : 歴史 江戸時代 雑学 徳川 大奥

comment

管理者にだけメッセージを送る

プロフィール

ジャンキー将軍

Author:ジャンキー将軍
江戸時代の知りたかった「謎」と「疑問」を解説します。

最近の記事
記事検索フォーム
カテゴリー
月別アーカイブ
リンク
ブログランキング

FC2Blog Ranking

最近のコメント
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
FC2カウンター
Pick Up
amazon
焼肉通販・ホルモン通販
すき焼き・しゃぶしゃぶ肉通販
スパイカメラ・カモフラージュカメラ通販
コルクマット・ジョイントマット通販
美容ローラー 針美人(しんびじん)

ヤーマン サーミコン式脱毛器
no!no!hair Smart(ノーノーヘア スマート)
エバンジェリスト BBクリーム
フリーエリア
フリーエリア
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。