江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-07-04

離婚時、女性は必ず三行半が必要だったワケとは?

夫が妻に離婚を迫ることを、俗に「三行半(みくだりはん)を突きつける」というが、この三行半とは、「離縁状」のことである。江戸時代、離縁状を三行半で書いたところから、こう呼ばれるようになった。「三行半を突きつける」といえば、ふつう、横暴な夫が妻を追い出すというイメージがあるだろう。しかし研究者によれば、必ずしも、夫が主導権を握るケースばかりではなかったという。
たとえば、離婚を望む妻が、夫に三行半を書かせたり、先に夫に三行半を書かせておいて「今度、バクチに手をだしたら本当に別れますよ」という脅しとしても利用されていた。このように、妻が愛想を尽かした場合でも、必ず夫が三行半を書いたのは、それがなければ、別れた妻は再婚することができなかったからである。三行半なしに再婚すれば重婚とみなされ、髪を剃り落とし、親元へ引き渡された。女性としては、たいへんな屈辱を味わうことになったのだ。
というわけで、「三行半」は、別れた妻に対する再婚許可書という性格も兼ねていた。三行半には、これからは誰と再婚してもかまわないと記されることもあったくらいである。
ただし、当時の男性のなかには、文字の書けない人もいる。そういう場合も、ほかの人に代書を頼まず、自分で「鎌」と「お椀(おわん)」の絵を書いた。そのココロは「カマワン」。これで再婚が許可されたと理解され、正式な三行半と見なされたのだ。
ちなみに、江戸時代の離婚率は3%以上とみられ、けっこう高率だった。江戸時代の農民や町民社会では、妻も働き手だったので、発言力は意外と大きく、夫の仕打ちに泣く泣く耐えるという忍耐強い妻もいた一方、あっさりと離婚してしまう妻も案外多かったのである。
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genre : 学問・文化・芸術

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