江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-07-11

幕府も黙認した旅人のお愉しみって?

江戸初期、旅人は自分で食糧を持参し、宿に着くと自炊して食べた。宿に払うのは、「木賃」とか、「木銭」と呼ばれた薪代で、これが「木賃宿」の語源である。
やがて、庶民が経済力をつけて旅行者が増えはじめると、宿屋のほうで食糧を用意するようになった。食糧持参で歩いていたのでは、荷物が重くなってしまうからである。これが、食事つきの旅籠へと発展し、やがて旅籠屋のなかには、いわゆる”飯盛女”を置くところがあらわれた。
”飯盛女”とは、表向きは食事の給仕をする女性をいう。今でいう仲居さんだが、江戸時代の飯盛女は売春もしていた。旅籠にとって、飯盛女は、お客を呼び込むための大事な”看板娘”だったのである。宿場が整備され、旅籠が増えてくると、当然お客の争奪戦となる。旅人の大半は若い男性だったので、一人でも多くのお客を集めるためには、美人の売春婦を置くことがいちばん手っ取り早かったのだ。
また、泊り客が飯盛女を買うと、旅籠では、宿泊料に加えて一人分の寝具料を追加請求できた。お客が飯盛女を買ってくれると、旅籠としても売り上げアップにつながったのだ。
幕府では、当初、旅籠に遊女を置くことを禁じていたが、効果はまったくなし。その後、旅籠一軒につき二人までと制限をつけたが、またもや効果はなし。幕府としても、厳しく取り締まって旅人が減ると、伝馬などの公役に差し支える恐れがあり、やがてほとんど黙認状態になった。
江戸時代末期には、観光はほんの名目で、全国の飯盛女を味わうために旅に出る人もいたという。
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genre : 学問・文化・芸術

tag : 歴史 江戸時代 雑学 庶民

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