江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-07-28

江戸時代、女性の髪形の流行は遊女からだった?

江戸の女性のヘアスタイルといえば、髪を束ねて結った日本髪。今、浮世絵などを見てもイマイチ違いがわからないという人がほとんどだろうが、ひと言に日本髪といっても、その種類はじつに多様で、数百種類以上におよぶ。といっても、江戸初期には、「垂髪(すいはつ)」と呼ばれる長い髪をうしろに垂らすスタイルが一般的で、武家も庶民の女性も、だいたい似たような髪形をしていた。
髪を結い上げる習慣は、上流家庭の女性が結っていた「元結い」と呼ばれる髷(まげ)が元祖とみられている。太宰春台の『独語』には、元結いは江戸初期から結いはじめられたと記されていて、これがその後の結髪法のルーツになったと考えられる。髪を結うのが一般的になると、流行のヘアスタイルも登場する。その流行を引っ張ったのは、もっぱら遊女たちだった。お客を呼ぶためにあれこれ工夫して、オリジナルを編み出したことが、庶民の目には斬新に映ったのだろう。遊女たちは、今でいうファッションリーダー的な存在だった。
たとえば、江戸時代の女髷の原型といわれる「兵庫髷(上方では「まげ」ではなく「わげ」と呼んだ)」「勝山髷」「島田髷」「笄髷(こうがいわげ)の四系統の髷のうち、三つまでが遊女のオリジナルヘア。
兵庫髷は延宝(1673~81年)のころ兵庫の遊女が考えだしたもの。勝山髷は、吉原の遊女・勝山が結っていたハデな髷で、元禄時代に芸人や遊女の間で大流行した。
島田髷は、東海道の島田宿の遊女が結いはじめたのが最初といわれる。“髱(たぼ)(後頭部の髪の張り出したところ)”を出して、余った髪を男の髷のようにふくらませて結い上げるスタイルで、これがさまざまに変化して、江戸時代の女性のヘアスタイルの基本となった。今の花嫁の髪型「文金高島田」も、この島田髷が原型となっている。
それに対し、笄髷は、室町時代に宮中の女官が下げ髪を笄に巻き付けて上げた髪形がもと。元禄のころ、一般庶民の間でも流行した。
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