江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-08-02

江戸時代、女性が旅をするのは大変だった?

江戸時代にも中期になると、人々は名所見物や温泉、お伊勢参りなどで、さかんに旅に出た。しかし、庶民が勝手に泊りがけの旅に出ていいわけがなかった。町名主の許可書がなければ、関所を通れないしきたりだったのだ。とくに女性が旅に出るのは困難だった。なぜなら江戸時代には、女性は家を守ることが本分で、遠くに旅に出るなどとんでもないと考えられていたからである。
こうした風潮を表す言葉に「入り鉄砲に出女」がある。つまり「江戸に鉄砲が入ること、江戸から女が出ること」が厳しく取り締まられたのだ。庶民だけではなく、諸大名も同様だった。幕府は大名による謀反を警戒し、大名の妻子を人質として江戸屋敷に住まわせていた。その妻子が江戸を脱出することは「人質がいなくなる」ということだ。そのため、関所で女性の出入りを厳重に取り締まったのである。
関所の通行規制が制度化されたのは、寛永2年(1625年)、三代将軍家光のときである。このときは、関所手形が必要な者は、女性とケガ人、不審者・死者であった。それが三年後には、旅をする者はみなそれぞれの身元保証人が申請し、幕府が許可した関所手形が不可欠だった。
とくに江戸から出る女性は、身分に関係なく留守居(藩の江戸屋敷にあって、幕府や大名との交渉や各種情報の収集などの任にあたる)が発行した「女手形」を持参しなければならなくなった。この手形には、身分、身元、出発地、目的地、人数、乗り物の数、旅の目的などが細かく書かれ、発行者の署名捺印すべてがそろっていなければならなかった。それらの条件を満たした女手形を持って、はじめて女性は江戸の外に出られたのである。
こうして旅立った女性たちの行き先は、江戸から近い名所見物や大師参りなどが多かったようだ。最初のころは、ひとり旅をすることはなかったが、江戸時代も終わりごろになると、ひとり旅やふたり旅を楽しむようになっていった。
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tag : 歴史 江戸時代 雑学 庶民

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