江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2007-11-08

花魁(おいらん)はどんな一日を送っていた?

吉原で最高ランクの遊女といえば、太夫か花魁である。
ただし18世紀の終わりごろには、太夫はいなくなり、花魁が最高の遊女となった。
その花魁の朝は、意外に早い。前の晩からともに寝ている客がいれば、その男とともに起き出した。
客はたいてい仕事を持っているから、朝早くから勤めに出かける。となると6時前には起きて、客を送り出さなければならない。早いときは、4時ごろには起きていた。
そのあと、しばらく仮眠をとるが、いつまでも寝てはいられない。午前10時ごろには起きて、遅めの朝食をとった後、入浴に向かう。
吉原の風呂屋は、正午には閉まったので、それ以前に入浴をすませる必要があったのだ。正午から昼見世がはじまるが、花魁クラスはまだ出番ではない。
風呂から上がれば、化粧と着付けの時間だ。下地から塗りはじめて、ゆうに2時間はかかったいう。2時ごろには化粧と着付けが終わり、昼食はこのあとにとった。
このあと、花魁道中までしばしの時間がある。その時間を利用して、馴染みの客に手紙を書く。ときには、おねだりの手紙も書く。
客からの手紙が届くのも、このころだ。暇なときには、貸本屋の本でも読んでいる。
夕方4時ごろになると、いよいよ花魁道中がはじまる。妓楼から茶屋まで、せいぜい100メートルの道のりだが、10センチもある高下駄でゆっくり歩くため、かなりの時間がかかった。
午後6時ごろから、その日の客を相手に酒宴となる。酒宴には、芸者や取り巻きがついて派手なものになる。
客と一緒に入る床付けは、午後10時前後。このあと、相手によっては、午前2時ころまで床で戯れる。
花魁にはゆっくり眠る暇はなかったのだ。
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