江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-08-03

江戸時代、同じ宿への連泊が禁じられていた?

旅をする庶民が利用する宿は二種類あった。ひとつは旅籠と呼ばれる、朝夕の食事を用意してくれる宿である。東海道では、ひとつの宿場に平均して55軒ぐらいの旅籠があったといわれる。もうひとつが、木賃宿である。こちらは、料金は旅籠よりもぐっと安く、旅籠の3分の1から10分1の料金で泊まれたが、食事の用意のない素泊まり専用の宿だった。木賃宿に泊まる場合は、米などの食材を持参し、鍋や七輪などを宿から借りて自炊した。
旅籠と木賃宿、どちらに泊まるかは旅人の自由である。お金に余裕があるならば、毎日旅籠に泊まってもいい。しかし、どれだけお金に余裕があっても、同じ宿に連泊することは、原則として認められていなかった。なぜなら、宿とは「旅の途中に仕方なく宿泊する場所」と考えられており、夜が明ける午前4時ごろには目的地に向かって出発するのが一般的だったからである。そのため、連泊するのは、急な病気にかかり歩けない場合ぐらいで、そのようなときは連泊することを届けで出なくてはならなかった。もし届けも出さずに連泊すると、役人が宿までやってきて、手形などを出させ、怪しい人物ではないかを取り調べたのである。
ただし、連泊しても怪しまれない「例外」もあった。湯治である。湯治の場合は、滞在日数は7日間が一般的だったので、連泊しても怪しまれることはなかった。また、7日間でも足りないときには、さらに7日間滞在してもよかった。湯治では、7日間を「一まわり」といって、滞在日数の基準にしたのである。
このような湯治が一般的に行われるようになったのは江戸時代からで、江戸っ子には、熱海、箱根、那須、塩原、草津などが湯治として人気があった。この地域なら、関所手形なしに、気軽に行くことができたからだった。
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theme : 雑学・情報
genre : 学問・文化・芸術

tag : 歴史 江戸時代 雑学 庶民

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