江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-08-08

夜道を照らすだけではなかった「提灯」の知恵とは?

いまのような街灯のなかった江戸の町は、夜間に無灯火で出歩くことは禁じられていた。だからといって、どこの家でも提灯が備えてあったかというと、そこまで徹底していたわけではない。提灯はかなりの値段がしたからである。
提灯づくりは手がこんでいた。まず竹ひごを組んで形をととのえたものに和紙を貼って、火袋の部分をつくるのが最初の作業。それに、別につくった口輪をはめて、火袋の部分に客の注文に応じて文字や家紋を墨で描き、その上から全体に桐油を塗って仕上げた。このうち、和紙を貼るところまでが下請けの職人仕事で、提灯屋が仕上げ作業を行った。このように手間のかかる仕事ばかりだったため、値が張ったのもやむえをえなかったのだろう。おまけに中で灯すろうそくも高価だったから、提灯屋の客はもっぱら裕福な武家と商家が中心だった。
とくに商家は、提灯に紋や店名を入れて夜道を行くだけで宣伝効果が得られたし、知り合いの店主が向こうからくるのがわかれば、すぐに挨拶できたので重宝した。料理屋が屋号を入れた提灯をかざして酔客を送れば、それもまた広告となった。また、武家は家紋を入れておけば、武士だということが遠くからでもわかり、すれちがう夜鳴きそば屋に道を譲ってもらえたりした。
提灯に別の用途があるとわかると、提灯に入れる文字に工夫が凝らされるようになる。「今晩」と書き入れてもらえば、提灯をさげているだけで挨拶がわりになったし、「一寸用足し」などと書いてあれば、いま何をしているかが相手にわかったので、遊び心がこめられたものもふえていった。
高価な提灯でこんな芸当ができるのは、恵まれた経済状態の人に限られていたが、もともと長屋の住人などは夜に出歩くことなどめったになかったから、提灯がなくても困らなかったようだ。
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genre : 学問・文化・芸術

tag : 歴史 江戸時代 雑学

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