江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-08-14

女性の髪形は年齢によって変化した?

古来よりずっと髪を垂らしていた女性は、江戸時代に入ると髪を結い上げるようになった。それが髷(まげ)と呼ばれた髪形である。男性も幼児期、少年期、成人(元服)後と髪形を変えていくが、女性の場合はもっとひんぱんに変化した。また、年齢のほかにも、流行や環境によって髷の形は変っていった。ではじっさいに、江戸時代の女性の髪形にはどのようなものがあったのだろうか?
江戸の女性の髪形は、基本的に年齢とともに変化していく。最初の髪形は、幼児期の坊主頭である。これは男性も同じだ。次に3歳で髪置きの儀式をへて、髪を伸ばしはじめるが、幼いあいだは芥子坊主(けしぼうず)、奴頭などと呼ばれる男女共通の髪形をしていたため、男女の区別がつきにくかった。
10歳~12歳の少女期に入ると桃割れという髪形に結って、はじめて女性特有の髪形になる。15歳~16歳くらいになると、「髪上げ」という女性の成年式にあたる儀礼で島田髷を結う。別名が「娘島田」。同じ島田髷であり、婚礼当日だけ結う「文金高島田」は、現在でも和装の花嫁のかつらに使われる髪形だ。この文金高島田で婚礼をあげ、既婚者になると、今度は丸髷になる。しかもその髷は、年をとるごとに小さくしていくことがしきたりだった。
以上が一般女性の経年のよる髪形の変化である。ただし、あくまでも一般例であり、江戸の女性はそのときどきの流行に合わせて、さまざまな髪形を取り入れていた。たとえば有名なのが吉原遊女の兵庫髷だ。もともと播州(兵庫県)の遊女の髪形を参考にしたものだといわれている。島田髷も、もとはといえば駿河国(静岡県)三島宿で飯盛り女が結っていた髪形から生まれたもので、江戸時代の女性のヘアスタイルの流行は、水商売から発生していたようだ。そのほか歌舞伎で人気役者が使った髪形を取り入れたものもあった。
また、結い上げのほかに、「たぼ」と呼ぶ頭の後ろに張り出した部分、「びん」と呼ぶ頭の左右の部分、前髪などのパーツの形にも工夫が凝らされるようになり、髪形は複雑化していった。
江戸期を通じて用いられた髪形を分類すると、なんと数百種にも達するというから、いかに江戸の女性が流行に敏感で、髪形にこだわっていたかがわかる。
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