江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-08-19

髪形にこだわるのが江戸の男の“基本”だった?

江戸の町人はきれいで好きで、見だしなみにとても気を配っていた。たとえば、江戸っ子は風呂好きで、大きな通りには必ず湯屋があり、昼でも銭湯に入っていた。体臭や口臭に気を使い、襟足の汚れや鬢(びん・頭の左右の側面の髪)のほつれも嫌った。ひげも毎日剃り、無精ひげは敬遠された。髪形にもひじょうにこだわり、月代(さかやき)をいつもきれいに剃りあげようと、足しげく髪結床に通った。
月代とは、前頭部から頭の中央にかけて髪を剃り落とした部分のこと。戦国時代に武士が兜をつけたとき、頭が蒸れるのを防ぐために髪を剃ったことからはじまったといわれる。町人が月代を剃ることを習慣するようになったのは、江戸時代の初期からである。江戸っ子は、月代をどこまで剃りあげるか、どれくらいの幅でどういう形に剃るかなどにも、ひじょうにこだわった。
そんななか、江戸時代を通してももっとも結われた男性の髪形が、銀杏髷(いちょうまげ)であるよく、「ちょんまげ」というのは、この髪形をさす。銀杏髷は月代が狭く髷が長い。いっぽう、月代を極端に広く剃り、髷を細く高く結い上げるのを本多髷と呼び、粋な商家の若旦那が好んでこれを結った。
こうして、自分のお気に入りの髪形にしたとしても、月代は剃りあげたら、マメに手入れをしなければ、すぐに伸びてしまう。武士、町人とも、月代が伸びたままで見苦しいのは、無粋とされ、嫌われ者だった。伸び放題なのは浪人か病人だけで、つねに月代をきれいに剃りあげておくのが、江戸っ子の粋な作法だったのである。髪結床は湯屋に付設しているものもあって、湯に入ったあとに立ち寄る町人で繁盛した。店は土間で、客は通りに向いて腰掛ける。はじめに水で濡らした月代を剃り、次に髪を解き、顔を剃ってから髷を結う。代金は16文から28文くらいであった。
江戸中期ごろからは、道具を持って家々を回る出張専門の髪結も登場した。これを「回り髪結」といい、利用するのは商家の大店の主人や番頭が多かった。月代が伸びたままなのは恥とされたので、なかには毎日のように、回り髪結を呼ぶ主人もいたほどである。
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