江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-08-21

オシャレをしすぎて全財産を没収された?

江戸幕府は、庶民の服装が華美になるのを嫌い、しばしば美服禁止令を発したが、江戸っ子のおしゃれ好きはそうそうおさまるものではなかった。なかでも、豪商ともなると財力にものをいわせて、意匠を凝らした服を好んだ。しかし、このおしゃれ心のために、将軍の怒りをかってしまった哀れな商人もいた。江戸の豪商石川六兵衛である。
五代将軍綱吉が上野へ参詣したときのこと。将軍の行列を見物していた人々のなかに、ひときは目立つ一団がいた。資料によると、そのいでたちは次のようなものであった。「18人のおかっぱ頭の童女は、赤い縮緬に金糸で草を刺繍した小袖を着ており、37人の腰元の女たちは、輸入物の唐織の織物で仕立てた小袖をまとっており、その他大勢のお供がいた。また、ガラスの駕籠があり、駕籠の担ぎ棒は高級木材である黒檀を使っていた」
一説には、これらの一団の女主である石川六兵衛の妻は、上野の町屋を借りて、金の屏風を立て、将軍の行列に向かって、大量の伽羅(きゃら・お香の一種)の煙がかかるように金の扇子を使って侍女たちにあおがせたともいわれている。武家を上回るその華美ないでたちに激怒した綱吉は、六兵衛を「闋所(けつしょ)」という罪に問い、全財産を没収のうえ、江戸から追放した。
このようなことがあったため、庶民の服装が華美になるのを禁じる条例が何度も発布されたのである。その中身は、庶民は絹の服を着てはいけない、などといった服の素材にかんするもの。そのほか、服の生地の織り方や柄も制限された。
しかし、江戸の豪商はそれにもめげなかった。外から見てもわからないように、裏地に派手な色や高級な生地を使ってひそかにおしゃれを楽しんだのである。
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genre : 学問・文化・芸術

tag : 歴史 江戸時代 雑学 庶民

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