江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-09-07

大政奉還後も夜は“将軍様”だった?

徳川慶喜は、ご存じのように、大政奉還を行って江戸城を明け渡した江戸幕府最後の将軍。彼が歴史の表舞台から下りて隠居の身の上となったのは、32歳のときである。では、それ以後の長い余生を、慶喜はどう過ごしていたのだろうか?
彼は、徳川宗家を家達に譲って、自らは駿府(現在の静岡県)に移った。以来、公的な仕事とはまったくの無縁の、趣味の世界に生きるようになる。書画、馬術、弓術、狩猟、囲碁、将棋、謡曲のはほか、自転車や自動車、写真撮影に手を出すなど、その趣味はじつに多彩。とくに、当時の日本では珍しい舶来品を集めることに熱心だった。
しかし、彼が打ち込んだのは趣味の世界ばかりではなかった。悠々自適の身の上の元気な男性が、時間をもて余してすることといえば想像がつくだろう。引退後の慶喜は、せっせと子づくりに励むようになったのだ。慶喜は、生涯に10男11女をもうけた。男盛りで引退した人間が、ヒマをもてあまして励みに励んだ結果である。最初の子どもは、正室の美賀子夫人との間にできた女の子だったが、不幸にも早世してしまう。その後に生まれたのは皆、側室との間にもうけた子どもである。つまり慶喜は、江戸城を追い出されたあとも、このへんの感覚だけは、シッカリ将軍様だったのだ。いろいろな意味で元気だった慶喜は、大正2年(1913年)、つまり大正時代まで生きて、77歳でその生涯を閉じた。これは、歴代徳川将軍のなかでも最高齢である。
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theme : 雑学・情報
genre : 学問・文化・芸術

tag : 歴史 江戸時代 雑学 徳川

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