江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-09-10

「左側通行」は武士の作法から生まれた?

現在の日本では、人が歩くときは右側通行と決められているが、江戸時代武士は左側通行が作法だった。というのも武士が右側を歩くと、困った事態が生じるからだ。
多くの武士は右利きだから、当然ながら刀は左側の腰に差している。この格好で右側を歩いていると、ほかの武士とすれ違うときに刀の鞘(さや)がぶつかり合うことがあるのだ。これは「鞘当て」といって、武士にとっては大変無礼なことで、斬り合いの原因になったのである。だが、左側を歩けば鞘はぶつかり合わずに済み、喧嘩は起こらない。
さらには、すれ違う相手を警戒することもできる。そして、左端を歩いていて、相手が右側から攻撃を仕掛けてきたら、すぐに刀を抜いて応戦できるし、防御態勢もとりやすい。そこで、武士が道を歩くときは、左側を歩くのが作法となったのである。この作法は、もともと殿中の廊下があまり広くなかったので、鞘当てが起こらないように、必ず左側を歩いたのがはじまり。それが道を歩くときの作法にもなった。
このほか、武士が歩くときの作法として、身分の高い者が左側に立つというものもあった。上司や身分の高い者と一緒に歩くときは、並ばずに相手の右側を一歩下って歩くのが礼儀だったのである。これは、叛意はないという証拠でもあったし、武士にとって左側が重要な位置であると考えられていたからでもあった。
日本の左側通行の習慣は、昭和の中ごろまで続いた。そして自動車が普及して左側を走るようになった昭和24年(1949年)に、車と同じ方向ではまずいと、人は右側を歩くことが道路交通法で決められた。
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theme : 雑学・情報
genre : 学問・文化・芸術

tag : 歴史 江戸時代 雑学 武士

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