江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


--------

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2008-09-17

「士農工商」の身分制度を人々はどう思っていた?

江戸時代において「士農工商」という身分制度が確立していたことはよく知られている。しかしじっさいには、身分制度は、それほど江戸の人々を束縛するものではなかった。たとえば寺子屋では、武士の子と町人の子が、机を並べて手習いをしていたし、道場では武士の子ばかりでなく町人の子も受け入れて、剣の修行をさせることに何の疑問も感じていなかった。
そのうち、寺子屋に優秀な子がいるらしい、剣術で並はずれて上達の速い少年がいるらしいと、寺子屋や道場に出入りする人たちの口に上るようになり、それが、子どものいない旗本の耳に入ったりする。その結果、養子縁組が決まり、瀬戸物屋の息子が旗本家の跡取りになり、やがて親の名跡(家督)を継いで幕府に出仕するようになる・・・・こんな話は、江戸の町では珍しいことではなかった。
地方ではもっとゆるやかだったようで、佐渡奉行所の役人のなかには漁師出身の門番から士分に取り立てられた例があったことが、当時の役人の経歴記録に残っている。佐渡は幕府の直轄地であるから、たとえ地方の現地採用で、生涯を佐渡で終える身分ではあっても「直参(将軍直属の家臣)だ。逆に江戸生まれの直参の子でありながら、医師になりたくて跡継ぎを断ったとか、絵師を目指して家を捨てたといった例もある。また、女性にしても、町屋の娘が大奥勤めで将軍の目にとまって側室となり、お世継ぎを産んだというような話がある。
これらの例を見ると、士農工商は順番がついているようだが、じつはただの職業区分にすぎない。出自の差が必ずしも身分差を生んでいたわけではなかった、ということがわかるだろう。
スポンサーサイト

theme : 雑学・情報
genre : 学問・文化・芸術

tag : 歴史 江戸時代 雑学

comment

管理者にだけメッセージを送る

プロフィール

ジャンキー将軍

Author:ジャンキー将軍
江戸時代の知りたかった「謎」と「疑問」を解説します。

最近の記事
記事検索フォーム
カテゴリー
月別アーカイブ
リンク
ブログランキング

FC2Blog Ranking

最近のコメント
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
FC2カウンター
Pick Up
amazon
焼肉通販・ホルモン通販
すき焼き・しゃぶしゃぶ肉通販
スパイカメラ・カモフラージュカメラ通販
コルクマット・ジョイントマット通販
美容ローラー 針美人(しんびじん)

ヤーマン サーミコン式脱毛器
no!no!hair Smart(ノーノーヘア スマート)
エバンジェリスト BBクリーム
フリーエリア
フリーエリア
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。