江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-09-19

女性は相撲見物が許されなかった?

現代においても、女性が土俵に入ることは許されていないが、江戸時代には、それに加えて女性が相撲を見ることも許されていなかった。江戸時代の相撲は、勧進相撲といって、寺社を建立するための資金集めの一環として行われていた。つまり、ただの見世物ではなく、神事のひとつだった。そのため、相撲の本場所の観戦は、男性だけが許されていたのである。
また、相撲を興行するには、寺社奉行の許可が必要だった。勧進相撲という意味合いから、相撲の興行は、深川八幡、浅草大護院、芝明神など、それぞれの寺社の境内で、持ち回りで行われていた。そして、天明年間(1781~89年)以後になると、ほとんどの興行が両国の本所回向院の境内で行われるようになった。
そこで闘った江戸時代の力士の最高位は大関で、その後に関脇、小結と続き、これを三役といった。つまり、現在の力士の最高位である「横綱」という地位は存在しなかったのである。ただし、横綱という称号がなかったわけではない。江戸時代には、横綱という称号は別の意味で使われていた。江戸時代には、地鎮祭に力士を招いて四股踏みをする儀式があり、この儀式に注連縄をしめて出る資格を力士に与えることを「横綱の伝を免許する」といったという。
つまり「横綱」とは、地鎮祭の儀式に注連縄をしめて出る資格を与えられた者を指す。だから、人気も実力もある大関でも、横綱の称号を与えられなかった者がいた。これは、その力士に品格が備わっていなかったというようなことではなく、たまたま横綱の免許を与える機会がなかっただけというのが真相のようだ。ちなみに、本場所の観戦は女性に許されていなかったが、巡業である稽古相撲にかんしては、女性も観戦することができた。
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theme : 雑学・情報
genre : 学問・文化・芸術

tag : 歴史 江戸時代 雑学

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