江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-09-20

お花見は“玉の輿”の大チャンスイベント?

持参した弁当を食べながら、山に自生する桜を愛でる「花見」の習慣は、江戸に町がつくられる以前から京都・大坂で人々に親しまれていたが、江戸では、桜の名所で飲み食いしながら騒いで楽しむ、春の友興の中心となった。武家でも大店の商家でも家臣や一族、奉公人が打ちそろって出かけ、さながら現代社会での会社の社員旅行や慰安会のような様相を呈していた。
自営の小商いの店がならぶ町屋でも、町内会ごとに世話役を設けて団体で出かけたし、長屋の住民も大家・店子が一緒になって花見に出かけた。つまり、江戸の住民はみんな花見に出かけたのである。江戸に暮らす人々にとって、花見は必須の行事だったというわけだ。
花を楽しむ時期は現在のような満開一歩手前のころではなく、満開をすぎて花が散るころが好まれた。散りゆく花びらの下で弁当を広げ、落ちてきた花びらを浮かべた酒を飲むことを、江戸の人々は最上の風雅ととらえていたからだ。また、花見の日は江戸の娘たちにとっては「玉の輿」に乗るチャンスでもあった。
身分の高い旗本や大店の宴席は花見幕と呼ばれた布で覆われていたが、庶民は毛せんやゴザを敷いただけでの酒食の宴である。そんななかホロ酔いで花見幕の切れ目から他家の宴席をのぞく若い武士や、そぞろ歩きの途中でよその町内の宴席に交じる若旦那も現れたりする。武士がそこで商家の娘を見初めたり、若旦那が日常生活ではけっしてつきあうことのない町娘に恋心を覚えることもあったのだ。そこで、江戸の娘たちは本来なら正月に新調する着物をこの時期まで我慢して、花見用の小袖をあつらえたりした。
花見の当日にその小袖を着て、見初められるかもしれないという期待感に胸をふくらませながら会場に向かったのである。
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genre : 学問・文化・芸術

tag : 歴史 江戸時代 雑学 庶民

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