江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-09-22

江戸式のお産スタイルは「座っていきむ」が基本?

昔の日本人は、出産は血の穢(けが)れをともなうため忌むべきことだと考えていた。そのため、出産のさいには、特別に「産屋(うぶや)」を設けて産婦を隔離するという習慣があった。
江戸時代になるとこの習慣は薄れ、産屋を設けることはなくなっていった。代わりに母屋のなかに「産室」と呼ばれる部屋をつくるようになる。とはいえ、出産を穢れとする考えは完全になくなったわけではなかった。産室の畳は上げられ、床板にじかにムシロを敷いただけの産室がしつらえられたり、妊婦の食事が別につくられたりしていた。では、このような産室で行われた出産はどのようなものだったのだろうか。
出産には産婆が立会い、妊婦は座位出産に臨んだ。妊婦は上半身を起こし、天井から吊るされた力綱を握っていきんだ。上半身を起こした姿勢を保つための座椅子も考案されていたようだ。この座位出産は現代でも、妊婦にも胎児にも負担が少ない出産方法として知られている。ただし、江戸の座位出産は現在の座位出産と異なり、産後に産婦が体を横たえることが許されなかった。背中にたたんだ布団を当てておき、日ごとに布団の厚さを減らして横たわれるようにしていった。そんな日がおよそ21日続くのがふつうで、横たわれるようにな日が同時に床上げとされた。
また、出産が無事に終わると、胎児を包んでいた膜や胎盤は土中に埋められた。埋められる場所は、産室の床下、母屋の入口、便所の前などが選ばれ、新生児の父親が埋める役をつとめた。江戸の町では、この土の上を最初に通過した人や昆虫、犬猫などを、生まれた子どもが嫌いになるという迷信も存在した。いっぽう、母親の胎盤と赤ん坊のへそをつないでいたへその緒は大切に保管された。一説には、成長して大病にかかったとき、煎じて飲ませると薬効があると考えられていた。
江戸時代の女性はこうしたお産を終えてはじめて、嫁ぎ先の一員としての存在価値が認められた。江戸時代の女性にとって出産とはそれほど重要な一大事業だったのである。
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theme : 雑学・情報
genre : 学問・文化・芸術

tag : 歴史 江戸時代 雑学 庶民

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