江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-10-02

デキ心でも死罪?厳しかった「盗人」への罰!

江戸時代の刑罰は、いまの法律に照らし合わせてみると、ずいぶん厳しいものが多い。たとえば、窃盗にかんする刑罰もそのひとつだ。もし盗んだお金が10両以上ならば、死罪となったほどである。江戸時代の10両は、現在の100万円程度。100万円盗んだだけで死刑とは、いまでは考えられないだろう。
この制度は、一回で10両盗んだ場合に限定しているわけではない。何度か盗みを働くうちに、盗んだ合計金額が10両を超えれば、すぐに死刑が適用された。品物を盗んだ場合も、品物を値段に換算して判断した。また、強盗のような凶悪な犯罪だけではなく、出来心でついそこにあったお金をくすねてしまったという場合にも適用された。つまり、商家の奉公人が、そこに無造作に置いてあったお金を、つい懐に入れてしまったとしても、これが10両以上なら、有無をいわさず死刑となったのである。
では、10両を超えない少額の盗みの場合はどうだったのだろうか。盗んだ額が10両未満の場合は、罪人であるとひと目でわかる入れ墨をされ、敲(たたき)刑に処された。50回または100回も叩かれるので、死罪ではないとはいえ、けっして軽い刑とはいえなかった。このように、盗人にたいする刑罰がひじょうに厳しかったため、心根の優しい主人は、奉公人が出来心でお金をくすねてしまったようなときは、盗みの事実を役人に届けるのをちゅうちょするようにもなる。
ところが、そんなことをしたら、今度は自分の身が危なかった。盗みの被害にあったにもかかわらず、被害を報告しなかったことが発覚した場合、共犯とみなされて、被害者にも加害者と同じ刑罰が下されることがあったのである。そのため、たとえ奉公人が出来心で盗んだとしても、見逃してやることはなかなかむずかしかった。なかには、たとえ10両以上盗まれていても、使用人の命をなんとか助けてやりたいと、被害金額をあえて少なめに申告してやる主人はいたという。
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tag : 歴史 江戸時代 雑学

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