江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2007-11-18

徳川家康の遺産はどのくらいあった?

豊臣秀吉は大阪城に莫大な遺産を残したかが、徳川幕府の祖である家康も、秀吉に劣らないほどの富を残した。
まず、家康が江戸城に残した金銀は、400万両をくだらなかったとみられる。二代将軍・秀忠が没したとき、江戸城には金銀366万両あったことがわかっている。
秀忠時代の収支は40万両の赤字だったので、家康の遺産は400万両はあったと推測できるのだ。
一方、家康は、晩年を過ごした駿府にも、金銀200万両を残していた。江戸と駿府の遺産を合計すれば、600万両の遺産が残された計算になる。1両=8万円で計算するなら、5000億円近い遺産となる。
家康がこれほどの遺産を残せた大きな理由は、佐渡の金山と但馬生野や石見大森の銀山を直轄としていたからだ。この時代、精錬技術が発達し、金山、銀山から莫大な金銀を得ることができたのだ。また、家康は海外との交易を重視し、朱印船貿易によって得た富もあった
もうひとつ見逃せないのは、豊臣氏から奪った金銀である。大阪城から奪った富についてははっきりわかっていないが、家康が駿府に貯め込んでいた富のほとんどは、そもそも伏見城にあったものとみられる。伏見城は、かつて秀吉が隠居城とした城であり、秀吉はそこに金銀を貯め込んでいた。
秀吉が死んだのち、家康が入場してその富をかっさらったのだ。
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theme : 歴史
genre : 学問・文化・芸術

tag : 江戸時代 歴史 徳川 雑学

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