江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-11-08

酉の市の「熊手」に込められた意味とは?

「酉の市」と聞くと、いよいよ年末が近いことを実感して、正月を迎える準備に心急かされる商売人が少なくない。酉の市とは、11月の酉の日に各地にある大鳥(鷲)神社で立つ市のこと。この市では、商売や飲食店の経営者などが、さまざまな飾り付けがなされた熊手を買い求め、商売繁盛を願った。
酉の市のルーツは江戸時代にある。享保20年(1735年)に江戸郊外の花又村(現在の足立区花畑)にあった鷲大明神の祭礼のときに立った市がはじまりといわれている。その祭礼は農村の収穫祭として行われたもので、鶏を奉納するためにやってくる人を相手に、農機具や農作物、その他の雑貨や古着までを売る市が出たのが最初だった。そのなかには、竹製のほうきやザルに交じって、落ち葉をかき集めるの都合のいい熊手もあった。そして熊手は、「福をかきこむ」「運を取りこむ」道具として、しだいに縁起物とみなされるようになり、酉の市の目玉商品に育っていった。
おかげで市はにぎわい、賭博が開帳されるほど人を集めたことが、幕府によって禁止令が出されたという記録からもうかがい知ることができる。さらに、熊手にはいろいろな工夫が凝らされるようになり、宝船に乗った七福神というおなじみの絵柄や、米俵と稲穂、大判小判、松竹梅、メデタイにかけた鯛。さらには、望みがかなうという伝説の打ち出の小槌や招福を象徴するといわれているお多福の面など、江戸庶民が喜びそうな、考えつく限りの飾りつけが施されていった。
花又の鷲神社にはじまった市は、やがて熊手人気とともに、浅草をはじめ、巣鴨、四谷、深川といった江戸で「おおとり」を名乗るほかの神社でも開かれるようになった。その伝統を受け継いで、いまでもにぎわい続けている一番人気は、浅草の鷲神社で開かれている酉の市だ。熊手はできるだけ値切って買うものという江戸時代の習慣にもとづき、売り手との交渉を楽しむ人も少なくない。その交渉が成立したとき、市の売り手がシャンシャンと手拍子してくれるしきたりも昔ながらである。
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