江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-12-03

心中で生き残った者に科せられた厳しい刑罰とは?

江戸時代中期の浄瑠璃・歌舞伎台本作家として有名な近松門左衛門が得意としたのが『曽根崎心中』などの、いわゆる心中物である。この世では、さまざまなしがらみがあって一緒になることができない男女が、自分たちの愛をまっとうするために、命を絶ち、あの世で一緒になるというストーリーである。
このように、愛を貫くために命を投げ出すという心中は、とかくロマンチックな題材としてあつかわれることが多い。しかし、江戸時代の心中は、現実にはけっして美しいものではなかった。心中によって死んだ男女の遺体は弔うことが許されなかったのだ。これは、心中を図った男女は人間あつかいをしないというのが幕府の方針だったからである。それでも、ふたりとも同時に死ねた場合は、まだよかった。心中に失敗して生き残った者には厳しい罰が待っていたのだ。
その罰は生き残ったのが、ひとりかふたりで異なる。もしも、ふたりとも生き残った場合は、三日間、日本橋でさらされたあと、士農工商のさらに下とされる身分に格下げになった。そして、片方が死に、片方が生き残った場合は、生き残った者は死罪とされたのだ。
心中者の多くは遊女や奉公人など、お金で拘束されている者が多かった。こうした人々が心中を起こすことを重く見た幕府は厳しい処分を取ったのである。また、心中を文芸作品や歌舞伎、絵草子などの題材にすることを禁止して、心中が流行るのを防ごうともした。
「心中」という言葉は、あくまで一般の呼び名であり、幕府では、心中の“中”の発音が“忠”に通じるとして嫌い、役人用語では「相対死」と呼んでいた。言葉一つにも敏感に反応するほど、幕府にとって心中の流行は頭の痛い問題だったのである。
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