江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。
2008-12-27
大晦日は借金取りが町を駆けめぐった?

当時の借金の支払い方法は、盆と暮れの二季払いというのがしきたりだった。とくに大晦日は一年の総決算。すべてを清算するので、取り立てるほうも返さなければならないほうも大変だった。貸したほうは、新年を迎えるためには、最後まで走りまわって借金を徴収しなければならない。また、返すほうも朝から走りまわって金を工面し、何とか返さなければならない。返せない者には、言い訳をしてまわるのに大わらわになった。
この時代の川柳や狂歌、落語などにも、大晦日の掛け取り(取立て)の様子を題材にしたものが多く、当時の世相をよく表している。借金取りから逃れようと、あの手この手の言い訳をする夫婦をテーマにした落語『掛取万歳』では、大晦日に借金を返せない夫婦が、掛け取りの好きなものでごまかそうとする様子が語られている。狂歌に凝っている狂歌好きには、狂歌でごまかし、喧嘩好きな魚屋には喧嘩で踏みたおし、芝居好きには芝居の台詞でごまかし、万歳好きな三河屋には万歳でごまかそうとする、という話である。
また、川柳には、次のように詠った句がある。『病人にまやまものある大三十日(おおみそか)』
「まやもの」とは「にせ者」のこと。病気のふりをして掛け取りをごまかしている様子である。また次のような句もあった。『寝るのにも二通りある大三十日』
「二通りある」とは、仮病で寝るのと、仕事が終わって寝るのとの二通りで、これも掛け取りをごまかすために仮病を使っている様子を詠ったものだ。
江戸の大晦日は、夜明けまで借金取りと金を借りた町人のあいだで、すさまじい攻防が展開されていたのである。
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