江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2009-01-08

参拝する神社が毎年変っていた初詣?

お正月がめでたいというのは、ただ新しい年を迎えるからだけではない。その年の「歳神様」がわが家にやってくるからという意味もあるのだ。歳神様とは、大晦日の夜に恵方より各家庭を訪れ、その家に一年間の健康と幸福を授ける神様である。かつては、どこの家にも神棚があり、年があらたまるとそこに歳神様がやってくると考えられていた。いまでも戸口にしめ飾りをするのは、家のなかに神様を迎えるための場所をつくってありますよ、という印の名残なのである。
この歳神様のうち、陰陽道では、とくにその年の福を招く神様を「歳徳神」といい歳徳神がいるとされる方角を「恵方」と呼んだ。恵方という言葉は、節分の日の恵方巻きのおかげで、近年は耳になじんだ人も多いだろう。海苔巻きを丸かじりするときに恵方の方角に向かうと福が来るといわれている。そして、この恵方が重視されたのが、江戸時代の初詣なのである。人々はわが家から恵方に位置する神社を初詣に選んだ。歳徳神のいる神社に参り、一年を平穏にすごせるように祈ったのだ。
恵方の方角は、陰陽五行説から生まれた暦の十干『甲(きのえ)・乙(きのと)・丙(ひのえ)・丁(ひのと)・戊(つちのえ)・巳(つちのと)・庚(かのえ)・辛(かのと)・壬(みずのえ)・葵(みずのと)』よる年回りで毎年変る。そのため、暦を見ては、今年はこの方角にある神社、来年はあちらの方角の神社というふうに、江戸の人々は年ごとに初詣に出向く神社を変えていたのである。
江戸時代には新年の行事として定着していた恵方参りという習慣は、大正時代に全国の神社が政府によって格付けされたことをうけて忘れ去られていく。やがて現代のように、大きく有名な神社への初詣が主流となっていったのである。
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