江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2009-01-22

外国人が教養の高さに驚いた「寺子屋」?

江戸時代には多くの西洋人が来日したが、彼らが一様に驚いたのが、日本人の知性の高さである。文久3年(1863)に条約締結のため来日したスイスのアンベールは、日本の男女の多くが読み書き・算術(そろばん)ができる知力を持っていることに感嘆している。
江戸時代の知力の高さには、当時の学校である寺子屋が大きく貢献している。寺子屋は、中世の寺での教育がはじまりといわれ、江戸時代中期以降にその数が急激に増加し、多くの子どもが就学していた。子どもたちが寺子屋に通ったのは、生活に「読み書きそろばん」が欠かせなかったからだ。幕府の文書主義により、お上から庶民への通達は、高札という辻に立てられる文書であったので、これが読めないと困ったのである。
さらに、訴訟も関所の通行手形も文書でなければ受けつけられなかった。また、商工業が発達して、貨幣が出回ると計算能力も必要になった。さらに大衆向けに浮世草子などの娯楽本が種々出版されたが、字が読めないと、それを楽しむこともできなかった。つまり、庶民とはいえども「読み書きそろばん」ができなければ、日々の生活に支障をきたしたのだ。そのため、急激に寺子屋がふえ、一時期、江戸の町の就学率は70パーセント以上にも達していたという。では、その寺子屋はどんなふうに子どもに学ばせていたのだろうか。
寺子屋の多くは、寺院・神社や自宅を教室として開放していた。先生は「師匠」と呼ばれ、近隣の僧侶・神官、医者、武士、浪人、商家のご隠居などがその役をつとめた。入退学は自由で、だれでも通うことができた。入学金や授業料もとくに規定はなく、お金の代わりに米や野菜を治めてもよかった。おおよそ6~14歳の子どもが対象で、「読み書きそろばん」のほかに、農民の子には農作物の栽培法、商家の子どもには売買の記帳をする大福帳の書き方、さらには歴史、地理、理科なども教えた。
授業は、かなり自由な雰囲気で行われていたようだ。子どもたちの机の向きや座る席はバラバラ。なかには師匠とじゃれ合ったり、寝そべったりする子もいた。
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genre : 学問・文化・芸術

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