江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2007-11-29

天草四郎が16歳でキリシタンを率いることができたのは?

江戸の初期の1630年代、九州地方は毎年のように凶作の見舞われ、餓死する者がたえなかった。にもかかわらず、年貢の取立ては厳しく、農民の不満は極限に達していた。加えて、天草、島原の農民は、キリシタン弾圧という迫害にも苦しんだ。
1637年(寛永14年)、農民たちは圧政と迫害に耐えかねてついに蜂起、キリシタン一揆が勃発する。その盟主の座についたのは、天草四郎という16歳の少年だった。小西行長の家臣の子にすぎなかった少年が、一揆の象徴となったのは、次のような宣教師の予言があったからである。
その予言では、1613年(慶長18年)の禁教令によって国外退去を命じられた宣教師マルコス・フェラロが残したもの。「当年より25年目に、美しい童子が現れ、応験天にあらたかに野山に白旗たなびき、諸人の頭に十字架をたて、東西に雲の焼くることあらん」。この予言によって、民衆たちは25年後の救世主の出現を待つようになった。
それからちょうど25年目に、遊学先の長崎から戻ってきたのが、天草四郎だった。伝えられるところによると、四郎は多くの農民の前で奇跡を行ったという。たとえば、彼が天を仰いで十字を切ると、一羽の白鳩が舞い降りて卵を産み、その中から天主の画像や経文が現れたという。おそらく、手品のようなトリックを使ったか、作り話だったのだろう。
しかし当時、こうした奇跡が宣伝されると、農民たちは四郎こそ救世主と信じ、宗教的な高揚感のなか、彼を象徴として一致団結し、幕府をさんざん苦しませたのだった。
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tag : 歴史 江戸時代 雑学

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