江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2007-12-04

越後屋は本当に大繁盛していたのか?

江戸の幕府ができるまで、日本の中心は京・大坂だった。朝廷のある京は政治、文化の中心であり、各地から物資の集まる大坂は「天下の台所」と呼ばれる商業の中心地だった。これらの上方には、すでに有名店がいくつも育っていた。
江戸時代になって、日本の中心が江戸になると、上方の有名店は江戸へ進出する。駿河町の越後屋、通旅籠町の大丸、上野広小路の松坂屋などがその代表で、どれも間口が60メートル以上もある大型店だった。これらの大型店のなかでも、もっとも商売上手だったのは、現在の三越につながる越後屋である。
創業者の三井高利は、伊勢国松坂(現在の松阪市)の出身で、京都に呉服店を構えて大成功。その後、江戸へ進出し、1673年(延宝元年)ごろには、京都で仕入れた商品を江戸へ送り、売りさばくという販売網を確立。アッというまに江戸店を4店舗に増やす。大成功の秘訣は、現金売り、掛け値なしの正札販売にあった。
それまでの商売は、布地をお客が必要な分だけ切り売りし、二ヵ月後に集金して回るという掛け売りが主流だった。しかし、この販売法では、集金人を雇わなければならないし、伝票の整理・管理にも手間がかかった。それらのコストが布地の値段を押し上げていたのだ。
そこで、越後屋は、店頭で布地を販売し、その場で職人に仕立てさせるイージーオーダーサービスを開始。代金は、その場で現金で支払ってもらうようにした。そしてコストを押さえたぶん、商品価格を値下げした。すると、お客はすぐに品物を受け取れるうえ、値段も安いと大喜び。大ヒット商法となったのである。
さらに越後屋は、傷物や季節外れの商品は大幅に値引きして売った。つまり、今でいうアウトレット商法で、在庫一掃にも成功したのだ。
他の店も、この越後屋方式をすぐに真似るようになったが、元祖の越後屋は市場を席巻、売り上げ高で他店の追随を許さない超有名店となった。
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