江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2007-12-09

江戸の町を騒がせた「かぶき者」ってどんな人たち?

江戸初期、江戸には「かぶき者」といわれる男たちがたむろしていた。「かぶき」とは、かたよった異様な風俗を指し、「かぶき者」は徒党を組んで無頼の日々を送った者を総称していう。彼らは武士のセガレなら旗本奴、町人の息子なら町奴と呼ばれた。
江戸の町で、とにかくかぶき者は目立つ存在だった。彼らは、派手にひげを生やし、着物の襟はビロードにして、裾を高くまくりあげていた。さらには、牛首皮の帷子(かたびら)や熊の皮でつくった長羽織をまとうなど、挑発的なファッションでキメていたのだ。
行動も人目をひくもので、無銭飲食をしたかと思えば、勘定以上の大金をポンと置いていく。気に入らないことがあれば、刀でバッサリだ。
かぶき者のファッションや行動を「ステキ!」と思う女性がいる一方で、多くの人々は、彼らを傍若無人なふるまいを嫌った。幕府も、彼らの行動に眉をひそめ、取り締まりはじめる。
1664年(寛文4年)には、旗本奴の代表格の水野十郎左衛門成之が処刑されたのをはじめ、多くのかぶき者が処罰された。
江戸にかぶき者が現れたのは、一つにはこの時代にはまだ戦国時代の気風が残っていたからである。かぶき者は、戦国武者のように戦いに命を賭けたかったのだが、すでに戦いはなく、天下は太平である。そこで、彼らは奇抜ないでたちや行動をして鬱憤をはらしたのだ。
とくに旗本奴にすれば、自分たちは徳川家の直参なのに、祿高は大名よりはるかに少ない。その不満もかいぶいた行動へと彼らを駆り立てた。
だが、幕府はすでに秩序を重んじる方向に政策を舵取りし、戦国時代を思わせるふるまいを望まなかった。彼らは、いずれ消滅させられる運命にあったのだ。
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