江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2007-12-19

宿場町の飯盛女にかけられた規制とは?

江戸時代、街道沿いの各宿場町には、旅人を泊める旅籠が建ち並んでいた。旅籠には、ただ客を泊めるだけではなく、女性のサービス付きの宿もあった。それが「飯盛女」で、平旅籠と呼ばれるふつうの旅籠とは区別されていた。
飯盛女といっても、その仕事はご飯の給仕ではない。旅人の夜の相手をすることである。代金は、200~700文といったところだった。
飯盛女は、宿場町の繁栄には欠かせない存在だった。飯盛女のいる旅籠は人気があり、そこに男たちが泊まっていくことで、宿場町に宿泊料金以外のお金が落ちたからである。
その飯盛女をめぐって、八代吉宗の時代に規制ができた。飯盛女を置けるのは旅籠一軒につき2人までとされ、しかも木綿の着物で相手をすることになったのだ。
規制が生まれたのは、”セックス産業”があまりに盛んになったからだろう。幕府は、飯盛女の存在を渋々ながら認めつつ、度がすぎないように人数を制限したのである。
もっとも、この規制はほとんど効果を上げなかった。飯盛旅籠では、表に木綿の着物を着た飯盛女を2人並べながら、裏では以前と同じことをしていた。規制をさらに徹底すれば、宿場町の衰退にもつながりかねないから、幕府も黙認せざるをえなかった。
また、幕府自身も例外を認め、たとえば東海道品川宿の旅籠93軒には、総勢500人の飯盛女を置くことを許可していた。一軒あたり5人強の計算になり、しかも、実態はそれ以上だった。
1843年(天保14年)、幕府が品川宿を取り締まったところ、500人どころか、1348人もの飯盛女がいたという。
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