江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2007-12-23

江戸時代、男女混浴でも平気だった?

江戸時代、内風呂がある家はまずなかった。江戸っ子たちは、湯屋と呼ばれた銭湯に通って、体をきれいにしていた。
江戸初期の湯屋は、現在の湯船につかる風呂ではなく、サウナのような蒸し風呂だった。お湯につかる湯屋が登場するのは、中期以降のことだ。
江戸時代の湯屋の特徴の一つは、男女混浴が多かったことである。町娘は男の裸を見ても平気だったし、逆に男のほうも欲情することはなかった。男女混浴は当たり前のことと、受け止められていたのだ。
ところが、寛政の改革期などには、男女混浴では風紀が乱れるとされ、1791年(寛政3年)には男女別に浴場が分けられた。それでも、男女混浴を続ける湯屋もあり、また改革が失敗に終わると、元に戻ってしまった。
湯屋の入浴方法は、現代の銭湯とさほど変らない。板の間の脱衣場で服を脱ぎ、洗い場で体を洗い、そのあと浴槽に入る。浴槽の入り口には、石榴口という板壁があった。
浴槽内は、明かりが一本灯っているだけで暗かった。そのため、人とぶつからないよう、新たに入ってくる者は「ごめんなさい」「冷え物でござい」などと声をかけた。
「冷え物でござい」というのは、「自分の体が冷たくてごめんなさい」という意味だ。浴槽から出ると上がり湯をかけて、板の間で体を拭いた。
男湯の二階には将棋も用意されていたし、茶菓子のサービスもあった。もちろん代金を払ってのことだが、そこでしばし、くつろぐことができた。
湯屋は朝早くから営業し、日没後2時間ほどで火を落とし、店じまいとした。火の用心の意味もあって、今の銭湯のように夜遅くまでは営業していなかった。
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genre : 学問・文化・芸術

tag : 歴史 江戸時代 雑学

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