江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-01-12

大奥の女性たちはどのような仕事をしていた?

大奥には細かな規制があり、職によってどんな仕事をするかが決まっていた。
大奥の職制上のトップは上臈御年寄(じょうろうおとしより)で儀礼や典礼を司った。ただし、その多くは京都の公家出身で、大奥運営に関する実質的な権限は持っていなかった。本当の最高権力者は御年寄で、彼女が大奥のすべてを取り仕切っていた。
他の職を紹介していくと、まず御客会釈(おきゃくあしらい)は、将軍が大奥へお成りになったときの接待役。御三家や御三卿の使いがやって来たときの接待役も務めた。
中年寄は、いわば御年寄の副官。将軍の食事の毒味も担当した。
中臈(ちゅうろう)は、将軍や正室の世話係。食事や入浴にトイレのお供までするから、将軍とじかに接する機会がもっとも多かった。若い美女が採用され、将軍のお手つきとなるケースも少なくなかった。お手つきとなれば、将軍の側室となる。
御小姓(おこしょう)正室の小間使いで、13~14歳くらいの少女がこの役についた。御錠口(おじょうぐち)は大奥と中奥の境にいて、将軍からの連絡を担当した。表使(おもてづかい)は、御年寄の指示に従い、買い物を担当。ただし、自分が外出するわけではなく、御広敷の役人に買い物メモを渡す役目だった。
御右筆(ごゆうひつ)は書類作成を担当し、地位は中年寄に準じた。御次(おつぎ)は仏間、膳部、道具などを整え、臨時の催し物があると遊芸もこなした。御切手書(おきってかき)は、大奥へ出入りする人を改めた。ここまでが御目見以上の身分だ。
御目見(おめみえ)以下には、献立を担当する御仲居(おなかい)、火の元を見て回る御火の番、御年寄のお供をする御使番(おつかいばん)、雑用全般をする御末(おすえ)がいた。
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tag : 歴史 江戸時代 大奥 雑学

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