江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-01-15

馬ではなく、人が飛脚を務めた理由は?

飛脚制度は、鎌倉時代に生まれた。源頼朝が鎌倉に幕府を開いたため、京都の朝廷との間でひんぱんに連絡する必要が生じたためである。幕府専用と有力武家が家臣を使って運ばせた飛脚があったが、いずれも人が走るのではなく、馬を使って片道4日~8日かかっていた。
江戸時代になると、まず江戸と京都の間に、幕府が御用飛脚を走らせた。また、大名が、江戸と領国の間に大名飛脚を走らせた。
やがて、京都や大坂の有名店が江戸へ進出すると、本店と江戸店との連絡用に商人経営の町飛脚が開業する。
毎月三度、定められた日に大坂を出発した普通便は「三度飛脚(さんどびきゃく)」と呼ばれ、これが、のちに頻度を増して「常飛脚(じょうびきゃく」となった。
これら江戸時代の飛脚は、鎌倉時代と違って、馬を使わず、人間が走って運んでいた。
馬を使うと、エサ代や休憩代、宿泊代などでコストがかさみ、採算が取れなかったからである。なにしろ、人件費の安い時代、人が交代で走り継ぐほうが経費を押さえられたのである。
江戸から京都まで、東海道を歩いていくと二週間ほどかかったが、普通便の飛脚は6日間で届けたという。
なお、当時の飛脚の料金は、荷物一貫匁(3.75キロ)につき、江戸ー大坂間で9匁5分(今の3500円ほど)、書類は、2000円もしなかった。
緊急用に、大坂から江戸まで3、4日で届く”速達便”もあったが、こちらは値段がとんでもなく高かった。文化年間(1804~18年)ごろで、金4両2分というから36万円ほどもしていた。
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