江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-01-16

駕籠かきの収入はどれくらいあった?

江戸時代には、今のタクシーのような役割を果たしていたのが駕籠である。その担ぎ手の駕籠かきは、二種免許の必要な現在のタクシー運転手と違って、体力があれば誰にでもできる仕事だった。ただし、駕籠を担ぐには、前と後ろの二人が息をぴったりと合わさなければ、駕籠が変な揺れ方をして、乗客は気分が悪くなった。体力があって、相棒と息を合わせられること。それが、駕籠かきの”免許”のようなものだった。
当時の駕籠かきは、たいてい最下層の庶民で、その収入は苦労のわりには少なかった。といっても、駕籠の料金が安かったわけではない。たとえば、天保年間(1830~43年)の駕籠賃は、日本橋から吉原大門まで2朱(1両の8分の1)だったという記録がある。1両8万円で換算すると1万円。とても、庶民が気軽に利用できる料金ではなかった。
しかし、駕籠かきたちは、そのお金を二人で山分けできたわけではない。その大半は、駕籠の持ち主である元締めの取り分で、駕籠かきの取り分は2割か3割程度。一人当たりでは1割から1割5分。日本橋から吉原大門まで客を乗せても、駕籠かきの取り分は1000~1500円くらいのものだった。
また、同じく江戸後期、駕籠による料金収入は、多い日で3000文、悪いときは500文がやっとだったという記録も残っている。3000文は現在の金銭感覚で6万円。500文は1万円ほどである。
ということは、駕籠かき自身の収入は、稼ぎのいい日でも一人6000~9000円程度。悪い日には、一日働いて1000~1500円にしかならなかったのである。
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tag : 歴史 江戸時代 雑学

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