江戸時代は、いろいろな意味で、私たちの知る「日本が」始まった時代といっていい。
「日本文化」と呼ばれるものの多くが、この時代に誕生、あるいは洗練されたことはいうまでもない。
江戸時代に生きた人々のロハスな生活には、学ぶべきところが多いようである。


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2008-01-18

武士が住んでいた一軒家の間取りは?

江戸時代庶民の多くは長屋住まいだったが、武士は違った。武士の多くは、幕府や藩から土地を与えられ、貧乏武士でも狭いながらのマイホームを持つことができた。
江戸時代武士の住宅面積は、その禄高によって大きさが違った。江戸の武家屋敷の場合、一万石なら2500坪程度。八丁堀の組屋敷に住む与力なら300坪、その下で働く同心には100坪が与えられた。
それ以下の武士の場は、たとえば南部藩には、安永年間(1772~1780年)に定められた藩士の住宅規定があった。それによると、300石以上は建坪51坪、300石以下150石までなら43坪、150石以下100石までなら41坪、100石以下50石までなら30坪となる。ここまでは、玄関を持つことができた。50石以下は28坪だった。
このうち、身分の高い武士の邸宅は、書院風の造りになっていた。敷地の中心に主屋が置かれ、公的な客間、内向きの客間、使用人室などがあった。
一方、足軽や徒士(かち)などの最下級の武士になると、家屋はグッと狭くなり、会津若松藩の徒士の場合で、間口4~5間(約7.2~9メートル)、奥行き7~8間(約12.6~14.4メートル)の粗末な家に住んでいた。
それでも、長屋の住人よりは多少は広い。また、江戸時代には住宅の構造が変わり、それ以前の時代に比べると、現在に近いものになっていた。たとえば、戦国時代までは、厩(うまや)が家屋の中にあったが、江戸時代には別の建物が建てられるようになった。
逆に便所は、家屋内につくられるようになった。それまでは家屋と便所は別棟で、便所に行くには外に出なければならなかった。それが家屋につくられるようになり、雨に濡れることなく、用をたせるようになったのだ。
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